▶︎ テレビの予定や友達の予定に合わせて、
残った時間で勉強する
▶︎ 勉強は気合と根性なのでハチマキを巻いて頑張る
R塾代表の宮本智です。
私は勉強する時、ハチマキを巻くのが好きではありません。
巻かせるのも好きではありません。
ハチマキ自体をするのは好きですが、それはお祭りなどで気合を入れる時のみです。
(一人で夜中に巻いているわけではありません)
その見るからにヤル気のありそうな赤い炎というのは吹く風(何らかの障害)に弱く、すぐに消えてしまいます。
物理的なハチマキではなく「一生に一度、死ぬ気で勉強しろ。」という根性主義の人もいますが、
私はそんなことは死んでも言えません。
言いたくなる気持ちはわかりますが、どんなに勉強しても死ぬことはないので、
この言葉を聞くと、どんだけ危険な場所で勉強するつもりなのかと想像が止まりません。
青い炎(モチベーション)も人それぞれ違うので、普通の人なら特に集団でハチマキを巻いた光景には違和感があるはずです。
その必死な感じは、継続を重視する方向とは逆ベクトルなため、見ていて悲しくもなります。
ハチマキを巻いて走るならいいです。
ハチマキを巻いて重いものを持ち上げるのならいいです。
なぜハチマキを巻いて机に座って勉強するのでしょうか。
試験会場でもハチマキを巻くつもりでしょうか。
そんなことをやっているとその行為が儀式化してしまい、ハチマキがないと集中できなくなってしまうかもしれません。
勉強するための集団がハチマキを巻く薄気味悪さはここからきていると考えます。
モチベーションが低い人に無理矢理ヤル気を出させて短期決戦なら構いませんが、
たとえそれで合格できたとしても、大学に入ってからも努力を続けるとは到底思えません。
気合や根性では一時的に成果は出せても、長期的にはプラスにはならないのです。
このブログで繰り返し書いていますが、
勉強時間をオンオフで考えてしまうようになるからです。
休み時間も勉強するのが合格者です。
英語の疲れは世界史で取るのです。
目の疲れは、目を瞑るか遠くを見るなどしながらも、今日の進捗などを思い出しながら行うのです。
これらを習慣として楽しむのです。
自分のバイオリズムに則って、当たり前にできるようにしましょう。
頑張って気合で勉強した場合、
「嫌だけど頑張った」のうち「嫌だった」だけが海馬に記憶されるそうです。
そうすると次の日勉強しなくなります。
気合を入れるということは無理をしているということです。
「やらなきゃダメだ」というのは「本当はやりたくない」と言っているのと同じです。
気合を入れてお風呂に入ることを想像してください。
「よしやるぞ〜、半身浴30分やるぞ〜!気合でシャンプーから始めよう!」
この人は多分、次の日はお風呂に入りません。
疲れるからです。
よほど日常生活にストレスがないのならいいのですが、現代日本でそれは難しいでしょう。
お風呂や歯磨きや着替えに気合を入れる人はいません。
少し面倒だと感じるかもしれませんが、気合を入れるほどでもありません。
そうやって最初は辛いと感じるかもしれないものほど毎日やってルーティン化すれば相当な学習を重ねられます。
明日も明後日もやって自然なルーティンとするために、「気合」や「根性」などの言葉を使って勉強をしてはいけないのです。
何度も書きますが、問題を解くのに、勉強を続けるのに、気合も根性も必要ありません。
それらを自分が言い始めたら、ズレ始めたと考えて間違いありません。
「そうやって気合を入れているうちに習慣化する」と言う意見は乱暴です。
気合を入れている状況に酔っているだけで、目的意識がズレている可能性が高いでしょう。
たいてい上手く行ってないはずです。
その習慣こそが、それぞれの明日を作るのです。
これは大学合格のためではなく今後の成功のためです。
そんな基準の高いルーティンのままで過ごせば10年後、差がついたとは言えないレベルにまで到達しているはずです。
本来、勉強は楽しいものです。
インプットし、アウトプットし、その実践もまた楽しいものですし、そこからまた経験が得られますます成長できます。
時には新しい考えによって、それまでの思想が壊れてしまうこともあります。
しかしそれもまた脳のアップデートであり成長なのです。
受験勉強も同じです。
そうやってどんどんレベルアップしていき、
単なる「成人(人に成る)」のではなく真の意味での「大人」になってください。
自己実現を超えた社会のアップデートもきっとできる人間になります。
この「合格習慣」シリーズを読んでくれていた一人一人が、「学習する個性」として成長を続け、一緒に未来を作れる日が来ることを期待しています。
最後まで読んでくれて、どうもありがとう。
▶︎ 今日もいつも通り十何時間勉強する
48時間以内に実行
自分のバイオリズムを知る